目 次
第01話 くさかったはなし
第02話 紫陽花とカンジョシバ
第03話 船に乗り遅れた江戸前鮨
第04話 住所・氏名・生年月日、みんな間違っているよ!
第05話 深夜、島凧の為朝の目は光っていた!
第06話 青ヶ島は民話の宝庫です?
第07話 青ヶ島の特殊公衆電話の秘密
第08話 その日は、誰もが哭いたーー宮本日共議長を”除名”した男の壮絶な死ーー
第09話 青ヶ島村役場の有線放送台での交換業務の風景
第10話 飲み水は天からのもらいもの
第11話 東台所神社の神がぼくを呼ぶ
第12話 昭和40年代後半の青ヶ島村役場の業務と行政無線
第13話 子どもたちの小遣い稼ぎ(?)
第14話 セスナに乗って投票用紙がやって来る--選挙戦三話-
第15話 青ヶ島の哭女(なきめ)たち
第16話 青ヶ島の巫女さんたち
第17話 キキミミ(聞き耳)がよけどうじゃ
第18話 青ヶ島の〈浜見舞〉の饗宴――初めて島へ渡った日の匂いのこと
第19話 青ヶ島の「ジイ」と呼ばれた男たち
第20話 きびがわりきゃあのー
第21話に続く
第19話 青ヶ島の「ジィ」と呼ばれた男たち
 
ジィの語源とその派生語を考える――ウチ(内)・ウヂ(氏)・ウシ(大人)・ジイ(爺)・オジ(叔父・伯父)・トジ(刀自)・トウジ(杜氏)に関するコトバの民俗学
2004.03.05
 
 青ヶ島ではオウサマとよばれる人がいる。漢字で書くと「翁様」の義である。だが、年寄りの男のすべてがそう呼ばれるのかというと、必ずしもそうではない。地域共同体の中で長老的存在がオウサマとよばれるのである。
 いっぽう、青ヶ島や八丈島では、ジィという言葉もある。今日では、もっぱら「爺」の義で使われている。というよりも、島外出身の役場職員がその音韻だけを聞いて「爺」の義だと思い込んで使っているうちに、島全体に「ジィ=爺」が固定化してしまったようだ。
 ちなみに、内藤茂『八丈島の方言』(昭和54年3月20日発行)によれば、「ジィ(名) 年輩の男の人に対する尊称。人名の下につけて呼ぶ。」とある。
 わたしが、この「ジィ」という言葉を初めて聴いたのは、もちろん昭和46年のことである。たしか6月の頃だったと思う。のちに村長となる佐々木一郎さん(当時、村議会副議長)が「一郎ジィ」と呼ばれていた。
 その頃、わたしはまだ26歳だったし、一郎さんは親の世代である。もちろん、「ジィ」は「爺」の義であると思っていた。ところが、しばらくして、40歳になったばかりの人が「ジィ」と呼ばれて、「ウッワー、ふじゃけなー。あがジィなんて呼ばれるのは嫌だらあ」というのを聴いたのである。
 島人がその人に「ジィ」の尊称をつけて呼んだのを、学校の先生(とくに女性の)に聞かれたりして、「ジィ」が「爺」の義に誤解されることを、まだ若かったその人は嫌ったのである。いいかえれば、八丈=青ヶ島方言の「ジィ」の義が揺らぎ始めていたのである。
 しかし、当時のわたしは、自分より一回り以上の年齢の人が「爺」呼ばわりされるのは、少々、酷かもしれないが、まあ、仕方ないのではないか、と思っていたのである。しかし、その人に「ジィ」をつけて呼んだ人が、彼とそう年が違わなかったので、「ジィ」って、本当のところ、どういう意味なのか、と考えてしまった。
 そのうち、なんと、わたしより10歳ぐらいも年下の人が、ときどき「ジィ」呼ばわりをされて当惑していることを知って、「ジィ=爺」ではないことを確信した。おそらく、「ジィ」とは、尊敬される男性への敬称なのだ、と思ったのである。
 それ以来、ちょっと大袈裟だが、ジィの語源をずっと考えてきた。その結果、ジィと爺は同源のコトバから発している、ということがわかってきた。そこで、以下、その語源について推論してみたいと思う。
 ジィの語源は、おそらくウシ(大人)である。そして、このウシはウチ(内)から発している。自分のことや、自分の家のことをウチと言うときのウチである。そのウチ意識が拡大されて共同体規模になったのがウヂ(氏)である。そのウヂの中で長老的、あるいは尊敬される対象がウシ(大人)である。
 もちろん、人名のあとにウヂを付けて敬称として使う地方もある。おそらく、ウシ(大人)と同義で使われている。
 このウヂのウが脱落したのが、ヂィあるいはジィであろう。そして、このジィ(ヂィ)が長老にたいして使われているうちに、男性の年寄り一般にたいして使われる「爺」の義が二義的に派生してきたのではないか、と思われる。その「爺」に、丁寧語の「お」を付けて、さらに「さん」(←さま‘様’)付けしたのが、いわゆる「おじいさん」である。
 もちろん、青ヶ島のジィには、その、かすかな原義が遺っているように、本来は年齢に関係なく、尊敬されるべき対象に付けられた敬称であった。とくに、母系制の古代においては、母の兄弟は子どもたちにとって尊敬の対象である。オジ(叔父・伯父)というコトバは、ここ(ウヂ→オヂ)から発生したのではないか、と考えられる。そして、本来は、女性の場合についても、用いられたのではないだろうか。
 たとえば、トジ(刀自)という言葉がある。手もとの国語辞典を見ると、「@家事をつかさどる主婦A老婦人の敬称」とある。ちなみに、IKJ(岩波古語辞典)の場合、その語源を「トヌシ(戸主)の転」と捉えている。
 このトジによく似た語として、しばしば指摘されることだが、杜氏(トウジ)という言葉がある。酒を造る職人や、その頭(かしら)のことを意味する。
 ところで、酒造業では、作業中、女性の長い髪の毛が入るのを嫌って、女人禁制にしてきた時代もあった。しかし、古代に遡ると、酒は乙女が穀類を直接、噛み砕き、それを壺などに吐き出して、自然発酵させてつくってきた、という伝統がある。すなわち、カモス(醸す)という語はカム(噛む)と同源のコトバから派生してきているのである。したがって、トジ(刀自)とは、ウヂ共同体の中で、酒をカモスことができる資格を持った、おそらくトウトヒ(尊い)「ジィ」という義から派生してきたのではないか、と考えられるのである。
 青ヶ島というシマ共同体の、尊敬に値する年上の男性に対する尊称としてのジィの語源を考えているうちに、古代のウヂ共同体の貌がほの見えてきたような気がしてくる。

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