目 次
第01話 くさかったはなし
第02話 紫陽花とカンジョシバ
第03話 船に乗り遅れた江戸前鮨
第04話 住所・氏名・生年月日、みんな間違っているよ!
第05話 深夜、島凧の為朝の目は光っていた!
第06話 青ヶ島は民話の宝庫です?
第07話 青ヶ島の特殊公衆電話の秘密
第08話 その日は、誰もが哭いたーー宮本日共議長を”除名”した男の壮絶な死ーー
第09話 青ヶ島村役場の有線放送台での交換業務の風景
第10話 飲み水は天からのもらいもの
第11話 東台所神社の神がぼくを呼ぶ
第12話 昭和40年代後半の青ヶ島村役場の業務と行政無線
第13話 子どもたちの小遣い稼ぎ(?)
第14話 セスナに乗って投票用紙がやって来る--選挙戦三話-
第15話 青ヶ島の哭女(なきめ)たち
第16話 青ヶ島の巫女さんたち
第17話 キキミミ(聞き耳)がよけどうじゃ
第18話 青ヶ島の〈浜見舞〉の饗宴――初めて島へ渡った日の匂いのこと
第19話 青ヶ島の「ジイ」と呼ばれた男たち
第20話 きびがわりきゃあのー
第21話に続く
第14話 セスナに乗って投票用紙がやって来る―選挙戦三話―
2003.10.15
 
(1)選挙の秋がやってきた。青ヶ島での、わたしの選挙〈体験〉は、昭和46年7月の参議院議員選挙だった。といっても、その時点では、わたしはまだ役場職員としてはようやく2ヵ月目でしかなく、事務方としてはほとんど役立たずではなかったかと思う。しかも在島2ヵ月ということで、青ヶ島村の選挙人名簿には名前が登載されておらず、選挙権は大田区内にあった。
 わたし自身は棄権しても構わないと思っていたが、職務上では直接の上司にあたる佐々木謙次さんは、選挙の時は選管事務局長となるので、「そういうわけにはいかないだろう」と公示後すぐ大田区選挙管理委員会から不在者投票用紙を取り寄せてくれた。そして、青ヶ島村役場内の投票所で、妻とわたしは不在者投票をし、謙次さんはそれを封印して簡易書留で大田区選管へ送付した。
 ところが、投票用紙は青ヶ島郵便局の郵袋の中で眠ったままだったのである。船が来なかったからである。わたしたちの2票を入れた郵袋が青ヶ島を出たのは、たしか選挙が終わって5日ほど経ってからのことだったと思う。そして、おそらく、その票は開票から1週間ぐらいのとき、大田区選管へ届いたのではないかと思われる。もちろん、わたしたちの票は無効(厳密にいえば、おそらく「投票用紙の“持ち帰り”票」として処理されたはず)となり、電話代・郵便料金などで両選管で合計1,500円ぐらいの国税を浪費させてしまったのではないかと悔やまれる。
 ちなみに、当時の選挙(国・都政)は翌日開票だったが、投票が終わると、投票所兼開票所となっている役場会議室で、選管委員と役場事務局とでささやかな慰労会を開き、そのあと、そこにゴザと布団を敷いて、選管委員長の荒井良雄さんと駐在さんが投票箱の前で一夜を過ごした。

(2) ただし、この選挙の少し前の6月下旬ごろ、じつは、もう一つ選挙があった。結果的には、無投票となった青ヶ島村長選挙である。現職の奥山治村長しか立候補者がなく、公示のその日の夕方には奥山治氏の当選が確定した。
 ところが、その日の、たしか午前10時ごろ、それまで顔を見たこともなっかたSSさん(来島後、このときが初めての出会いだった)が突然、役場へやってきたのである。しかも、彼は青ヶ島の芋焼酎を飲んでグデングデンに酔っぱらっていて、何か言いたくて言っているのだが、青ヶ島で言うところの“吼えている”状態だった。それも、早口の、大声での島言葉である。さらに、屋外は、青ヶ島の梅雨特有の霧々舞の状態で、送電時間外だったので会議室はひじょうに暗かった。わたしは息を殺すようにして、ふたりの話を見守った。
 謙次さんは、村長選に立候補するには東京法務局への供託の手続きが必要であり、事前の説明会にも来なかったし、酔いながらの口頭での立候補表明では受理できない、酔いが覚めたら、もういちど来なさい、と説明し、SSさんを追い返した。SSさんはなにやら吼えながら出ていったが、結局は午後になってもあらわれず、かくて現職の無投票当選が確定した。

(3)おそらく、その翌年のことだったと思うが、それが何の選挙であったか、今は思い出せない。しかし、都政か国政段階の選挙であった。ある日、投票用紙を積んだ都選管チャーターのセスナ機が八丈島を飛び立って、青ヶ島へ向っている、という行政無線が掛かってきた。わたしは倉庫から吹流しを取り出して、謙次さんのジープに乗って長の平のヘリポートに向った。しばらくすると、セスナが飛んできて、青ヶ島の上空で旋回した。
 セスナは、投票用紙を梱包したパラシュウトを投下した。謙次さんはパラシュウトが落ちていく方向を確認しながら、赤の手旗をあげる。「だめだらら。西浦しゃんげぇ、ぶっこっちたらら。パイロットは下手だらら。」
 それを見て、セスナ機は再度、上空を旋回して、再投下する。今度は、白旗。OKである。セスナはそれを見て、翼を振って、八丈島方向へ飛んでいく。ただし、木にひっかかってしまっていたようだ。もちろん、今はそうした方法はとられていない。
 なお、青ヶ島の選挙で最も思い出深いのは、昭和48年8月8日執行の青ヶ島村議会選挙である。この選挙は今日の青ヶ島のあらゆる選挙の原点になったということができる選挙だった。ここでは触れないが、このときの選挙の結果と逸話については、「青ヶ島春秋譚(1)
即日開票の夜、八十翁は老妻とひとつ蒲団の中にあった――青ヶ島村議選秘話」(日本離島センター刊行『しま』No.91、昭和52年11月)に書いたことがあります。

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