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第34話 買ってはいけない!宝島社の『ニッポン「不思議島」異聞』 |
2006.08.01
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宝島社から6月30日、『別冊宝島』の一冊として『行ってはいけない! ニッポン「不思議島」異聞』というムックが発売された。その中には全国から大小8っの島々が紹介されているが、青ヶ島も「ミコ(霊能力者)が仕切る原始の秘境 “神様だらけ”の島」として登場する。そのリードには、次のように書かれている。
「そこは/日本から“置き去り”にされた土地だった。/店も無ければ医者も助産婦もいない。/ミコ(霊能力者)が絶対的権力を持ち、すべてを祈祷に頼って暮らしていた。/シャーマンと共生する神秘の孤島。」
ここに書かれたことは、3行目の「絶対的権力を持つミコ」の存在以外は、昭和30年代の時点では事実といってもよい。しかし、わたしの知る限り、青ヶ島の歴史において、ミコが絶対的権力を持ったことは、残念ながらただの一度もない。
わたしが最初に青ヶ島に住んだ昭和46年の時点で、まず店屋だが、治店(現在は無し)、一郎店(現在は無し)、荒井店(十一屋の前身)と呼ばれる三店、それに店舗格の数軒があった。平成5年8月以降のことは知らないが、少なくとも菊池商店と十一屋の2店は存在しているはずである。また、飲食店も1店以上はあるはずだ。そして、医者に関しても、瞬間的に不在になったことはあるかも知れないが、昭和40年代からこの方、一度も無医村になったことはない。このリードに関する限り、「行ってはいけない」不思議島なので行くこと無しに想像力だけで書いたようである。
にもかかわらず、本文の書き手は民宿に泊まっているようなのである。ここ10年くらいの間に青ヶ島へ出かけたことがある人なら、このライターが泊まった民宿を100%の確度で特定できるだろう。しかも、この書き手は、まあまあ、歴史や民俗学の知識を持っているようである。にもかかわらず、それが活用されていないのである。
すくなくとも江戸期以降、宿というのは「店」的な要素を持っているのである。青ヶ島においては、東京都が認可した民宿は昭和50年代に入ってからのことだが、昭和46年の時点で無認可の民宿が5軒あり、そこはわたしの感覚では店屋でもあった。実際、買いに出かけに行ったこともある。この書き手は、ミコ以上の霊能力があるらしく、見えるものは見ず、見えないものを霊視するという特技を持っている。絶対的権力を発揮できる世界へ転進されることを忠告したい。
実際、このライターは「ヨネコばあちゃん」なるミコが営む民宿に泊まっている。そして、彼を案内したのが「植物栽培やもろもろの仕事をしている」「吉江」という人物。この「吉江」だけが「仮名」と表記されている。この吉江が姓なのか、名前なのか、明らかではないが、青ヶ島では原則的に苗字ではなく、名前で呼び合う。ちなみに、青ヶ島で一番多い姓は「廣江」である。その意味で「吉江」は無難な仮名だ。
このライターが泊まった民宿の「ヨネコばあちゃん」は、実際にモデルになったであろう巫女さんに、もう一人を付け加えた貌を持っているが、「ヨネコ」という名の女性が昭和50年代の初めまで青ヶ島に住んでいたことを知らなかったらしい。にもかかわらず、ここでも、彼の霊能力が発揮されたわけである。恐るべし、「絶対的権力」を志向する者の鋭い洞察力よ!
彼はこんなことまで書いている。「たとえばミコはこんなことをした。船についたケガレを払うべく、髪を振り乱し全身を激しく動かして最後はケイレンを起こして気絶状態となり、ついに船についたケガレを拭い払ったという。」 わたしは多いに恥じた。一度も聞いたことがない伝承を、この人はいとも容易く採取してしまうからである。
前出の「一枚の写真の記憶」の中で触れた人々のほとんどは、もう鬼籍に入られているが、わが母と同世代の巫女さんたちが「絶対的権力」を持ったことは、再び言うが残念ながら一度もない。にもかかわらず、わたし自身は、30代あるいは40代の、青ヶ島の卑弥呼よ、出でよ、と言いたい。
「行ってはいけない」というのは、おそらく「高いから買うな」というモヤシのCMと同じく、大いなる逆説で、「ミコ(霊能力者)が絶対的権力を持」つ「神秘の孤島」というのは、青ヶ島に卑弥呼よ、出でよ、という励ましであり、かつ「不思議島」への誘いなのかもしれないと思っている。でも、残念ながら、わざわざ買って読むような内容ではない。
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