目 次
40
41 〈シマ・ウッナー〉カイエ(3)
42 尖閣諸島の周辺は波高し?
43 東京都心の埋没した“沖島”地名
44 認識及び思考の対象の枠外に置かれがちの伊豆諸島という存在
―青ヶ島を侮ること勿れ!―
45 地震以後、感じたことなぞ…
46 人口ゼロの自治体で選挙はできるのか?
47 「島」認定の沖ノ鳥島の影の功労者
48 「東洋」と「東海」
49 ムラと村−原子力ムラというときのムラの響き−
50 ロレンス・ダレル(1912~1990)の多島海的な心象風景について-h.20n. 1gt.頃のノートから
48 「東洋」と「東海」
2012.05.23
 

 今日、我国で「東洋」というと、いわゆる「西洋」すなわち「欧州」以外のアジア全体を示す言葉と考えられている。「西洋」に対する「東洋」である。ところが、明治時代においては、中国、否、支那でいう「東洋(トンヤン)」とは、明らかに「日本」を意味する語であった。実際、『広辞苑』にも「中国で、日本を指す称呼」とある。倉石武四郎著『岩波中国語辞典』(1968年4刷)にも「do”ngya’ng ■(東)洋 (名)東洋.(名)日本のこと」とある(■の部分は東の簡体字)。
 そうだとすると、「ハンゴク=チョソン」語の「東海(トンヘ)」も「日本」を意味してくる可能性が出てくる。すなわち、「東海」とは「日本海」のことではなく、日本そのものを指す語であった可能性がひじょうに高まってくる。もしそうであるなら、ハンゴクが主張するトンヘにはハンゴク領の島は存在しないことになる。
 実は、支那や韓国では、20世紀の初ごろまで、海に生きる民は徹頭徹尾、蔑視されてきたのである。人間扱いをされてこなかったのである。支那人が日本人を馬鹿にする語として「東洋鬼」(トンヤンクイ)という言葉あるが、それは本来、そうした文脈で使われてきた語である。また、韓国本土人が済州島人を差別するのも同じ文脈である。
 すなわち、「東海(トンヘ)」という概念をハンゴク(韓国)が主張するとき、韓半島(朝鮮半島)の海岸線の波打ち際から先の海はすべて日本領であることを認めたことになる。要するに、東海に属する島は一人残らず日本のものであったのだ。なぜなら、海にあるものは、彼らにはすべて差別の対象になったからである。彼らが日本と日本人を嫌うのもそのためである。東海(トンヘ)とはハンゴク=チョソン側から見た名称に過ぎないが、それは海に生きる人々への徹底的な差別感から発生した名称であり、島国日本に対する蔑視語であった。すなわち、彼らはトンヘ(東海)を使うことによって、「日本海」全体が日本領(日本の領海)であることを自白しているのである。
 日本人は実に「友愛」精神に満ち溢れた民族であるから、ハンゴク=チョソンの波打ち際から3海里を「ハンゴク=チョソン」領として認めるに吝かではない。しかし、そこから数センチ先の海はすべて我国の領海である。それは彼らの希望であるからだ。「東海(トンヘ)」という語には、そうした意味が込められているからである。
 同様のことは、もう一つの「東海」、すなわち、支那人から見た東シナ海についてもいえる。東シナ海のすべてが「日本の領海」とはいわないが、同様の文脈で中国の領海とはいえない。中国領土の島々が存在するはずもないのである。ましてや、南沙諸島などの島々は本来、歴史的に見ても中国領ではないのである。海に生きてきた民族の島々であり、島々の海なのである。
 ところで、わたしは、韓国・朝鮮における「東海」の用例を調べ上げ、トンヘが「日本海」ではなく「日本」そのものであることを証明しようと、この4月からNHKラジオテキストの「まいにちハングル講座」で42年ぶりに勉強を始めたところだった。実は、42年前、わたしは、平田篤胤を祭った平田神社の隣にあった「中国の会」事務所に週に1〜2度、顔を出していたが、そのとき金嬉老公判対策員会が始めるという「現代語学塾」(おお、何と今でも続いているらしい)の存在を知り、輝かしき第1期生として「韓国・朝鮮語」を学習した。たしか4ヶ月ぐらいの学習であったが、語学音痴のわたしとしては珍しく簡単な読み書きと会話ができるくらいに進んだ。しかし、昭和46年5月、青ヶ島へ行くことになり、中断というか、元の木阿弥となった。ちなみに、そのとき使用したテキストと辞書は、のち語学の天才の某氏に譲ったが、彼は瞬く間に韓国・朝鮮語の達人となり速読術の大家となった。
 ともあれ、「東海」の用例を調べるため、ハンゴックマルの勉強を始めたが、6月号をその前々日に買ったばかりなのに、5月20日に脱落してしまった。もちろんテキストは、いわゆる「韓流」にマインドコントロールされているのは百も承知していたが、それにも我慢。女性講師の度し難いほどの親父ギャグにも我慢。女性講師の男性「出演者」(母親が日本人の在日)へのセクハラ染みた媚び諂いにも我慢してきたが、たまたま聴けなかった分を再放送で聴いたとたん、我慢我慢の堪忍袋の緒が切れてしまった。というのは、5月14日の第26課の「身(シン)土(ト)不(プル)二(イ)」の語句説明のところで女性講師が「わたしは韓国へ行って初めて知ったのですが、昔、日本でも使われていたようですよ」の言葉で、ハングルを勉強する気がゼロというか、一気にマイナスになってしまった。
 というわけで、韓国・朝鮮語に堪能な人に、ぜひ「東海」の用例を調べていただき、わたしの考えが正しいことを立証してもらいたいと思う。ちなみに、40年間で日本語も変ってきているが、韓国語もかなり変化してきているのではないかと思った。北朝鮮との言語的開きがより進んでいるように感じた。
 国際的に「東海(トンヘ)」が退けられているのに、「東海」を認めさせようとするのなら、韓国は自国の領土と考えている、あらゆる島々から即刻、撤退することを勧告する。「東海の小島」の海なのである。
 >>HOMEへ