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第43話 わが前任者のヤマギシスト・K氏のこと |
2009.03.05
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姓氏のほうは覚えているが、残念ながら名前は失念してしまっている。何しろ、お会いしたことがないのである。昭和46年5月10日、青ヶ島村役場へ着任し、その数日後、机の中を開けると、簡単な事務引継書と、彼からの“お詫び”と励ましの手紙が入っていた。
彼はヤマギシカイ(山岸会)の会員だった。そのことは、青ヶ島へ渡る以前に、村長(当時)の奥山治(1918〜2000)氏から電話で聞いていた。わたしのおぼろげな記憶では、K氏は昭和45年11月ごろから昭和46年2月ごろまで在島し、たしか、奥さんもいて、子どもいたのではないかと思う。
しかし、数ヶ月しか、持ちこたえられなかったのである。当時の、わたしの認識では、山岸会の会員というは、辺境を好んで住む共同体志向の人たちであった。そのK氏の家族が在島数ヶ月で撤退するなんて信じられないことであり、わたしの場合も、よほど覚悟して生活しなければならないと思った。
今から想うと、K氏は公務員にまったく向いていなかったようだ。“お詫び”にはほとんど仕事らしいこともせず、それも途中で放り出すことへの自戒の念がこもっていたように記憶している。それとわたしへの励ましの言葉で、わたしの第一次・青ヶ島生活が可能となったのである。その意味では、K氏という前任者がいたことは大きい。
僅か数ヶ月の在島の中で、彼は菊池功さんとか、広江常春さんなど、今はどちらも故人だが、青ヶ島の中でも良い意味で独特のキャラクターを持った人たち(ナチュラリスト)と懇意だったらしい。K氏は青ヶ島での永住を夢見て池之沢(青ヶ島火山のカルデラ地帯)に、功さんいうところの“別荘”も造った。
わたしが初めて青ヶ島へ渡った昭和56年5月、その夢の址が残っていた。無残に焼け落ちていたのである。その別荘は、多分、もう使われなくなったマヤ(牛小屋:語源は馬屋)の石垣を利用したもので、そこに茅葺屋根としてハチジョウマグサを掛けたものであった。
じつは、茅葺の場合、小屋の中で火を焚くと、茅が締まって防虫効果や耐久性が上がるのである。ところが、その手加減というか火加減を知らず、ちょっとその場を離れた隙に燃やしてしまったのである。焼け落ちた柱、おそらく蔵書と想われる黒ずんだ紙の塊…等々がまだ残っていた。まさに、永住への挫折の哀しき“夢の址”だった。
ちなみに、当時の池之沢には、民家が結構、点在していた。冬場のオカベ(岡辺)は季節風(フユニシ)が強く、それを避け、地熱もあって温暖な池之沢で暮らす習慣が昭和30年代まで続いていた。青ヶ島ではたくさん自生しているアシタバは池之沢ではなぜかまったく育たないが、池之沢に適している農作物もあり、住宅が結構残っていたのである。また、K氏の別荘のような、凹型のヲリ(溶岩の石で組んだ垣)の上に茅を葺いた“かりほの庵”的構造の家も、地熱地帯には数ヵ所あった。年寄りの中には冬場から梅雨が開ける頃まで池之沢で暮らし、神経痛を癒したり、竹籠を編んだりしていた。
K氏の“別荘”は、そうした“かりほの庵”の中では、かなり本格的な立派なものであったようだ。功さんや、常春さんや、その他の島民の手を借りて造ったものらしい。それだけに、この挫折はK氏にとって、大きなショックだったらしい。ヤマギシストらしく、畑も作ろうとしたらしいが、ほとんど収穫をみることなく島を離れてしまったらしい。
その後、K氏と一、二度、手紙のやり取りをしたはずである。K氏は広義の同世代の教員とは交流する間もなく青ヶ島を離れてしまったが、青ヶ島保育所の開設・初代保母のMさんとは付き合いがあったらしく、多分、彼女を通じて新しい住所を聞き、そこへ出したのである。たしか長崎県西彼杵半島の沖にある大島(現・西海市)のヤマギシカイのパイロットファームだったとおもう。そこへ出して返事が来たことを憶えている。
昭和47年の梅雨の季節、わたしは持っていたヤマギシカイに関する本2冊を、奥山治村長に差し上げた。奥山治氏はかなり宗教性のある、人によっては少し変人視をするが“哲人”的風格のある人だったので差し上げたのである。実は、奥山氏は古くからの日本CI協会の会員で、玄米正食運動の推進者であった。また、わたしは青ヶ島へ渡る以前、知人から山岸会の特講(研鑽会)は、アイヌのチャランケ(話し合いの場)と同じだから受けないか、と誘われて、それなりの興味を持っていたからである。
奥山村長はそれまで山岸会を単なる養鶏家集団と考えており、玄米正食の観点から山岸会を毛嫌いしていたのである。そして、その本を読んで、山岸会にたいする認識を改めたようである。「Kさんはどうしているか」とつぶやいたので、再び連絡をとろうとしたが、そのときはもう行方がわからなくなっていた。今でもK氏が書いた「国民年金」という文字の字体だけは頭に中にこびり付いている。
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