伝説(1)
16歳になったら、木を捜せ。ちょうど手頃の木を見つけたら、それで刳舟を作れ。そう言われて幾星霜。もちろん、こんな南の島では、霜なんか降りはしないのだけれど。でも、ずいぶん年月が経ったのも事実らしい。しかし、ちょうど手頃の木なんて、そう簡単に見つかるもんじゃあない。
だいいち、ぼくは生来の怠け者。木なんか本気で捜さなかったのだ。あるとき、ちょうど、おあつらえむきの大きな木が倒れていた。これで舟を作れ、と言わんばかりに。
でも、ぼくは結局、そのままにしておいた。運ぶのも、穿つのも、一人でできるもんじゃない。共同作業が必要なんだ。それなのに、そいつを一人で、だれにも見つからないようにして作れだなんて、この島の伝説はどうかしてるぜ。それで、そのまま放置しておいたら、そこから、たくさんの芽が出てきた。いまの生態学者なら倒木更新というにちがいない。
伝説(2)
南風が吹いたら、その刳舟に乗って沖へ漕ぎ出せよ。ぼくは、ときどき荒磯に出た。今じゃあ、南風が吹いても、だれも出てきゃしない。昔の話なんだ。
ある日、どこからか、だれが作ったのか、立派な刳舟が流れ着いていた。そういえば、きねいはアラシだった。あるいは、ぼくのように刳舟伝説を信じた奴がいたのかもしれない。とにかく、そいつを、今度は、ぼくがほんとうに隠した。
待ちに待った。とうとう南風が吹いてきた。ぼくは磯へ出掛けて、刳舟を引きずり出して沖へ出た。そして、どのくらい時間が経ったのであろうか、どこかの島へ吹き寄せられた。
伝説(3)
しかし、そこには、迎え草履の紅鼻緒なんてなかった。誰も迎えてくれなかった。気が付くと、ぼくの背丈ほどの岩があった。ところどころには、ヨメガカサが貼り付いていた。ぼくの目の位置には、二つの小さな窪みがあった。ぼくはそこに唇をあて、息を吹き込んだ。ピィーッ、澄んだ音が長い余韻を引いて流れた。三日月がでていた。やがて星々も喋り始めた。
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