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 昭和48年、三宝港下の倉庫の伴夫君

   
菊池伴夫は二十五歳だった
正も清も宏も正人も秀一もそしてぼくも
みんながまだ二十代だった
三宝港の下の倉庫から大三宝(オウシャンボウ)と小三宝(コシャンボウ)を眺めながら
伴夫くんは弁当をつかう
(小さな突堤には白波が被っている)
ご飯だけの アルミの弁当箱に白湯を入れて口の中に流し込む
おかずを家に置き忘れてきてしまったのだ
心配した秀一くんが倉庫の中から何やら缶詰を見つけ出し
ドライバーでこじ開けて焚き火の側で温めてくれたのだ
しかし 缶詰は突然、爆発してしまった
(焚き火の灰が飛び散っただけだったが…)
目玉をギョロギョロさせる秀一君
ちょっと悲しそうな伴夫くんの目
「まあ こごんどうこともあるどうじゃあ」
(と 伴夫くんは気を取り直して笑う)

村営連絡船あおがしま丸から下船する女性たちのために
三宝港にトイレをつくろうとの
伴夫くんの提案だった
青年団が勝手に作り始めた三宝港トイレ
土曜日の昼下がり その日やってきたのは四人だけだった
  (小さな突堤には相変わらず白波が被っていた)

   
 2003.04.01